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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(あ)2125号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人関原勇の上告趣意(補充訂正書を含む)について。

論旨第一点は要するに、被告人は本件写真機を拾ったもので盗んだものではないから占有離脱物横領罪を構成することあるも窃盗罪は成立しないとし、原判決は引用の判例に違反すると主張する。よって本件写真機が果して被害者(占有者)の意思に基かないでその占有を離脱したものかどうかを考えてみるのに、刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であって、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によって一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以て足りると解すべきである。しかして、その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によって決するの外はない。

ところで原判決が本件第一審判決挙示の証拠によって説示したような具体的状況(本件写真機は当日昇仙峡行のバスに乗るため行列していた被害者がバスを待つ間に身辺の左約三〇糎の判示個所に置いたものであって、同人は行列の移動に連れて改札口の方に進んだが、改札口の手前約二間(三・六六米)の所に来たとき、写真機を置き忘れたことに気がつき直ちに引き返したところ、既にその場から持ち去られていたものであり、行列が動き始めてからその場所に引き返すまでの時間は約五分に過ぎないもので、且つ写真機を置いた場所と被害者が引き返した点との距離は約一九・五八米に過ぎないと認められる)を客観的に考察すれば、原判決が右写真機はなお被害者の実力的支配のうちにあったもので、未だ同人の占有を離脱したものとは認められないと判断したことは正当である。引用の仙台高等裁判所判例は事案を異にし本件に適切でない(なお、引用の昭和二三年(れ)第七九七号事件は同年八月一六日上告取下により終了したものである)。また、原判決が、当時右写真機はバス乗客中の何人かが一時その場所においた所持品であることは何人にも明らかに認識しうる状況にあったものと認め、被告人がこれを遺失物と思ったという弁解を措信し難いとした点も、正当であって所論の違法は認められない。

論旨第二点は、判例違反をいうけれども、原判決は右判例と相反する判断をしたものとは認められないから、論旨は採るをえない。

よって刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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